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“良い水”は何が問題なのか?
自由な言論を保つことは非常に大切なことである。しかし、それは間違った事実を広めるものであってはならない。このことは難しい問題である。以下で僕が書こうとしていることは、さまざまなレベルで間違った事実を含んでいるかもしれない。まあ、多くの場合は大した影響はないわけだが、間違った事実が多くの影響を与えるかもしれない。それでも、僕たちは、自由な言論を保つことで、間違った事実が淘汰されるものだと信じている。実際には逆の可能性もあるのだが。

今回の本題は、教育の問題である。人から聞いたものをもとにして、web上で少々調べた知識をもとに書いているので、間違った内容が含まれている可能性がある。とりあえず、僕の理解している範囲で書こうと思う。Web上では取り上げている人も多いので、知っている人も多いかと思う。僕が人から聞いた内容は次のようなものである。“水”に良い言葉を話かける(あるいは書いた紙を“見せる”)と“良い水”になり、悪い言葉を話しかけると“悪い水”になる、という説を唱える人がいる。その人はこの事実を証明するものとして、“良い水”は凍る際に綺麗な結晶を形成し、“悪い水”は逆に美しくない結晶を形成するという事実を挙げている。このような話が、小学校の道徳の教科書に取り上げられられて、子供たちに教えられている。実際、結晶の写真を見せられた子供たちには、この話に影響を受けて、言葉遣いの改善、さらには授業態度の改善、など教育上良い効果をもたらしている。学校教育の関係者(ようするに先生)の間では、この道徳の教科書に載った内容は疑似科学と呼ぶべきもので、学校教育の内容としてはふさわしくないという意見もあったが、多数の意見は、子供たちに良い影響があったのだから、この道徳の教科書は教育上有用だというものだった。
正直に言って、ショッキングな内容だった。これは疑似科学だろうか? 僕にはそう思える。この文書(p.25)でも取り上げられているが、さまざまな「健康に良い水」とされる説に根拠がないことを示す中で1ページのみで取り上げられている。でも、僕には証明することが出来ないし、研究者に示してもらう以外に出来ることはない。

僕が考えたいことは教育関係者たちの対応である。確かに子供たちの言葉遣いが改善することは良いことだと思う。授業に臨む態度の改善も良いことだろう。しかし、端的に言って、これは子供たちを騙していることにならないだろうか。OK。もしかしたら、この説は正しい言説かもしれない。しかし、もしそうならば理科の教科書に載せるべきではないだろうか。適切な学年の教科書として。道徳の教科書に載っている理由はなんだろうか。

言葉遣いの改善、授業態度の改善は、良いことだとしても、本来あるべき姿でないこのような教育は、端的に言って、先生たちが自分たちの負担を減らすために嘘をついているようにしか、僕には思えない。言葉遣いの悪い児童、授業態度の悪い児童の教育は、先生にとって大変なことだとは思う。だからといって嘘をついてよいのだろうか。ある程度、社会の構造を理解できる年になれば、このことはもっと悪い影響を子供たちに与えないだろうか。

先生方は、すでに教育の目的を見失っているように見える。自分たちが教える内容を効率的に子供たちに知的の消化させることが教育の目的ではないはずだ。子供たちは考える能力を身につけなければならない。知識とは、正しく考える能力を持った人が持っている知的な資産の総体である。教育はそれを身につけさせるものでなければならない。この教科書が教育上有用だと考える先生は、教育の目的を完全に見失っている。

このような教科書によって“教育”された子供たちが大人になったときに、身につける考え方、知識の内容に責任をもたなければならないのは、現在の大人たちである。このような道徳の教育が社会のもたらす影響が大きいのかどうか分からないが、よい影響があるとは、僕にはどうしても思えない。
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