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市場主義と民主主義
めたかさんのところを久しぶりに見て、このエントリ、うらやまし〜かぎりです。このblogは何なんだろう。全然ピントも外れてるし、やる気も時々出るので、消せない自分を見つめているようなもの。このエントリも、ん〜10月に入って1つもエントリがないのはさびしいので、とりあえず書いておくようなものかもしれない。
ここのところ、2人の人から社会主義、共産主義をもう一度見直さなければならないという意見を聞いて、少々戸惑った。まあ、少し変わった人たちだから、別に驚きはないのだけれども。その人たちに言わせると、僕なんかは社会主義(共産主義)アレルギーがあるのだという。まあ、そういうものかもしれない。でも、アレルギーと言われるとちょっと抵抗がある。20世紀に人々が経験したことを踏まえて考えているつもりなんだけど。

それはともかく、逆に考えると、市場主義(資本主義という言葉が好きな方はそれで構わないけれども、僕はこの言葉を使わせてもらう)と民主主義が、現代社会の経済制度と政治制度の望ましい形態であると考える考え方は、驚くべきことだと思う。市場主義とは、市場万能主義ではなく、ある一定の条件を満たす資源の配分を市場に任せるという考え方だと定義しよう。その条件を満たさない資源は政府の介入を許す。

なぜ、そんなことを言うかというと、そもそも、第2次大戦前から、まあ30年ほど前までは、共産主義+民主主義という組み合わせが、可能であり、かつ望ましいと考える人々が少なくとも少しはいた。時代によっては、多数派になっていたのではないかと思える時代もあった。経済制度として共産主義、政治制度として民主主義、という組み合わせがあると考えられていたのだ。

僕の意見では、残念ながら共産主義+民主主義という組み合わせは存在可能ではない。たぶん(論拠はない)、共産主義というものが全体主義としか親和性を持たないからだと思う。つまり、共産主義+全体主義しかありえないのだと思う。反論される方は今でもいるだろう。これまでの社会主義国とよばれた国の体制が正しい方法でなかったという主張は出来ると思う。ま、だけど、この点では議論はしない。僕の方にも論拠はなく、ただ、そう思うだけだからだ。

さて、上で定義した緩やかな市場主義を認めてもらえれば、現在の日本も含め多くの先進国において、われわれは市場主義+民主主義の組み合わせを選択していることになる。だけど、なぜこの2つは両立するのだろうか。これって大きな問題だと思う。市場は資源配分を決定するひとつの集団的意思決定の方法である。民主主義も資源配分(おそらく所有権に属するもの)のみならず、さまざまな問題に対する社会の集団的意思決定の方法である。この2つの集団的意思決定が矛盾することはないのだろうか。

矛盾することはないのだろうか、というより普通に矛盾しそうな気がするのだ。全く違った意思決定の方法なのだから。でも、社会は普通に動いている。このことは不思議なことだと思う。
| 気になること | 00:30 | comments(2) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
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コメント
羨ましがられる事でもないですけどね(笑)
ホント、方針が定まらなくて、
1年半やって、やっと方向性が見えてきたってだけの話なんで。
netwindさんトコは、始めから方向性が一貫してると思いますけど。

んで、この記事の本論の方ですが。
「共産主義+民主主義という組み合わせ」が可能になるには
「民主主義」って仕組みがどれだけ「自動化できるか」
ではないかなって思うんですよ。
今のような「間接民主制」だと不可能かなって思います、
けど
ネットなど、色々な技術の進歩で
「機械的」なものに代議制の代わりをさせる事ができたなら
つまり
「直接民主制」的なものが可能な技術革新ができたなら
「共産主義+民主主義という組み合わせ」も
不可能ではないのかなって・・・
(要するに
 「資源の配分」に全体主義が必要となるのは
 間接制だとそのコンセンサス作りに齟齬ができるから
 だと思いますので、
 そこを「自動化」できる仕組みさえあれば可能なのかな
 ってアイデアなんですが・・・)

ま、「現状じゃ無理」ってのには代わりはないんですが(笑)

あと
「市場主義+民主主義の組み合わせ」も上手く機能してる訳じゃ
きっとないんでしょうけど
もっとも「不満」を反映できる仕組みって事なのかも
しれないのかなって・・・
(この後半部分は自信ないです(笑))
| めたか | 2005/10/31 10:58 PM |
めたかさん、興味深いコメントありがとうございます。お返事が遅くなってごめんなさい。

「民主主義」という仕組みの「自動化」ですか。こういう方向では、あまり考えていませんでした。単純なイメージで言うと、「共産主義」の中には、例えば個人の所有権の制限のような、「個々人の権利」を制限しなければ成立しないアイディアが組み込まれていて、「個々人の権利」を社会において可能なかぎり拡大しようとする「民主主義」とは相容れない側面があるのではないか、というふうに考えています。。

「民主主義」を選挙によってある権利関係を決定する集団的意思決定方法と考えますと、それが本当に「個々人の権利」を可能なかぎり拡大しているかという疑問が生じます。必ずしもそうはいえないというのが僕の印象です。この問題は社会選択理論という学問分野で研究がされていると思いますが、僕はその分野を少々聞きかじっているだけなので、誤りがあるかもしれません。また、直接民主主義か間接民主主義かという違いも結論にあまり影響をしないようです。

めたかさんの考えていらっしゃることは、多くの人が、ある問題について賛成や反対、あるいは価格の提示のようにある変数を提示するなどの意思表示をして、それがシステマティックに集計されて、瞬時にオプティマルな結論を導き出すシステムのようなものをイメージしているのではないかと思っています。実のところ、僕にとってもこのようなシステムが社会を良くしていくように思えます。しかしながら、現在の専門家の研究蓄積によると、たとえ通信技術などによって意思表示の集計が出来たとしても、オプティマルな解を導くシステムを設計できるのかどうかという点においてかなり強い疑問があると考えられています。

この点を、もう少しよく考えてみたいというのが、今、現在の僕の問題意識です。ただ、この問題は非常に難しい問題がたくさん絡み合っていて、本質的なところを見出せずにいます。ただし、このような問題意識からみると、「民主主義」と「市場主義」の組み合わせも、不安定な均衡点にあるように感じさせられるのです。

このコメント、もう一度考えさせてください。めたかさんのコメントを読んでから、もう一度自分の言いたいことを整理していたのですが、ちょっと混乱しているようです。
| netwind | 2005/11/03 9:25 AM |
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